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【易】本当に八方塞がりなの? 沢水困の解釈。

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沢水困(澤水困:たくすいこん)という卦は、 普段はあまり出てこないのに、 新型コロナが世界的に大流行していた時に (2020年~2022年頃)易をたてると、 何度もこの卦に出くわした。 もっぱら資金繰りを占うとこの卦が良く出た。 印象がすこぶる悪い卦の1つだ。 物質的にも精神的にも とことん困窮する八方塞がりの状態を表し、 手も足も出ないとされている。 ところがそれにも関わらず、この卦が出ると 「願い事は叶う(亨る)」とも言われている。 言ってることが、まるであべこべだ。 実際、沢水困が出た時は、 何も手をつけず脱力して過ごしていると、 なんだか向こう側から勝手に幸運が寄ってくる ような事が何度もあったので、首をかしげた。 つまり、 極端に悪い卦のハズなのに、 そんなに悪い気がしない。 それで色々と調べてみたが、 とにかく沢水困が出た時は、悪あがきだけは 絶対に止めた方がいいようだ。 悪あがきをすれば、何もかもが裏目に出る。 ただ自分が上手くいかないだけでなく、 相手や周囲に与える印象も悪化して余計に 事態がこじれる印象がある。 だから、 何も期待せず、さっさとあきらめて、 ただ落ち込んで大人しくしている事。 脱力している事。 家でゴロゴロ、ネットフリックスでも観て 気分転換するぐらいのテンションでいい。 新コロが大流行した当時は、 「緊急事態宣言」やら「営業自粛要請」やらで 街の動きが止まってしまい、 みんな引きこもって、大人しくしていたが、 この時に必死にあがりて営業を続けていた人達は ひどく叩かれ、嫌われ、 しかも頑張っている割には売上も思うほど伸びず、 ほとんどの人が散々な苦しみを味わった事と思う。 逆に、大人しく店を閉めていた一部の人達は、 例年よりも売上がガクッと下がったものの、 「売上が下がりました」という証拠資料を提出 することで、結果的には国や自治体から湯水の ように助成金をいただく、という事態になった。 「助成金バブル」という流行語も、 発生したほどだ。 悪あがきをして(頑張って)、その結果 中途半端に売上を出してしまった人達は、 かえって助成金がロクにもらえない立場となり、 しこたま後悔した事だろう。 助成金を貰えるかどうかは、主に売上高の推移 によって審査されていたので、頑張って売上の 下落を最小限に抑えた人は、かえって助成金の 対象から外さ...

【インド占星術】多様性と8室

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インド占星術に興味を覚えて当初、 8室の意味が、いまいち上手く理解できなくて ずいぶん困った。 ネットで調べていくと、 8室は 「普通のことが通用しない」 「まともじゃない生活」 「不道徳な関係」 「破天荒な人、破天荒な展開、破天荒な世界観」 といった解説が良く目についた。 しかしそれらの表現は 8室に対するマイナスイメージが強すぎて、 語弊があるように思う。 8室は「不道徳」と言うより、 そもそも善悪を決める物差し(ルール)自体が 存在しない。 ゆえに、 何が道徳的で、何が不道徳か、そもそも断言できない。 また、 ルールが支配する「一般的な社会生活」に なじめない事は確かだが、 それが不幸な事なのかと言われたら、 必ずしもそうではない。 本人は自分の世界観の中で、 羨ましいほど伸び伸びと、人生を謳歌している事も 決して少なくない。 それゆえ、8室の意味を限定するのに手こずった。 ただとにかく 「非一般的な状態」なので 収入源も普通ではなくなってくる。 昼間、皆と一生懸命に会社で働いて、 一律の給料をもらう....そんな生活とは違う。 近年で分かりやすい職種をあげると、 「YouTuber」や「インフルエンサー」、 「情報商材屋」なども該当してくるだろう。 あるいはもっと理解されにくく、 もっと8室感が強い分野として、 ヒモ生活、愛人生活かも知れないし 何もせずに遺産で生活するかも知れない。 人とは違う、ギョッとされるような 奇妙な特技や、 研究で食べていく人かも知れない。 (ゲテモノの食レポーターなど) そして、 彼ら彼女らの恋人は重犯罪の前科者かも 知れないし、性転換手術をした相手かも知れない。 日本人でありながら一夫多妻制そのものの生活を 送っているかも知れない。 独特な信念をもっている新興宗教も8室的だ。 LGBTQの世界観なども、8室的だと感じる。 また近年、何かにつけて「多様性」という言葉が 取り上げられるが、この多様性の概念と8室とは 非常に通じるもの が ある。 もともと「多様性」とは、 様々な異なる習慣や可能性を受け入れ、お互いに バランスを取りながら、お互いの特性を活かし合い ながら社会を運営していく事を表していて、非常に ポジティブな意味合いで使われるべき言葉である。 ゆえに、 ネガティブなイメージで使われやすい「8室」とは 方向性が違うように...

【インド占星術】バンガに対する印象

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最近はどうか知らないが、 私がインド占星術に 興味を持ち始めた当時、 減衰バンガといえば減衰の作用が無効化される かのような解説がチラホラ見受けられた。 しかし私にはそうは見えなかった。 減衰作用は思い切り出てくる、その上で、 後から才能が開花すると感じている。 もっと言うと、 バンガの数が少ないと少ないだけ、 才能が開花するまで長くてこずるし、 多ければ多いだけ、 才能の開花が早くなる。 減衰のバンガ要素は、 1つだけでは無意味だという説もある。 これはあくまでもイメージを掴むための仮定だが バンガの数が1つだけなら、晩年でやっと開花。 3つくらいなら、20~40代の間に開花。 5つ以上となれば、成人まで開花。 といった感じだ。 いずれにせよ、諦めずに努力を続けた場合の 仮定であり、ブランクは考慮しない。 減衰バンガの場合は、高揚とちがって、 昨日までさんざん苦悩をしていた人が途中から 何かしらの発想の転換を加えて、そこから 天才的な能力を発揮するイメージがある。 「禍(わざわい)転じて福となす」 といった具合だ。 なかなか「コツ」をつかめずに苦悩をしていた人が、 とつぜん「コツ」どころか「奥義」に目覚める。 転じる、反転する、あるいは意図的に反転させる、 逆の発想を持つ。 短所が短所のまま、長所になっていく。 だから、バンガの数が3つも4つもあって多ければ 諦めずに努力をした方がいい。 やがて逆転勝利できると私は考えている。 その逆でバンガがなければ、 努力そのものを 諦めた方が早い(合理的だ)と考える。 「完璧に1つもバンガが無い状態」は、 結構めずらしい。 問題は、いま頑張っている物事が、 若い内にしか成功しえない分野だった場合。 例えば「アイドルになりたい!!」 という希望があって、減衰バンガがたくさん あったとしても、素質が開花する頃にはもう 中年になっている可能性が高い。 こういう場合は、判断に悩む。 仮に、「アイドルになりたい!」と思いついたのが 幼児期で、その頃からもう長年必死の努力を続けて きたというなら20歳までに逆転勝利も十分可能だが、 その逆、 例えば高校生ぐらいでやっと決心してトレーニングを 始め、バンガも1つか2つぐらいしか無いというのでは、 先行きが暗いと言わざるを得ない。 あるいはそれこそ逆転の発想で、 「中高年アイドルの大型新人!...

【インド占星術】ナバムシャを活用しよう

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インド占星術の分割図の中でも ナバムシャは、 その人の内面性をよく表すとされている。 実際、そうだと感じる。 またナバムシャは、 内面性だけでなく、その人の後半生の運勢を 表すとも言われている。 これはどういう事だろうか? 日本人なら、おおむね20歳前後までは、 どんなに自分の意思で生きてるように見えても 実際は周囲の意志(両親や関係者の価値観)から 強く影響されたまま生きている。 本当に自分が持って生まれた内面性(価値観)に 従って生きられるようになるのは、おおむね社会 的にも精神的にも自立できてからだろう。 だから、内面性を良く表すナバムシャが、後半人生 の運勢も表しているという説には、納得できる。 ただ、 一体人生のどこまでが前半で、どこまで後半だろうか? 人が精神的に本当に自立できるのは、何歳ごろなのか? それは、社会へ出るタイミングよりも ずっと後 だと する意見が多い。 つまり中年頃と思っていいだろう。 それまでは、ずーっと、両親や教師や上司などから 受け継いだ価値観にとらわれながら生活を送らなけ ればならない。 もっと大きく言えば、自分が生まれてきた時代の 風潮にとらわれながら生きている。 (とらわれる、と表現すると何だか悪いイメージ だが、いわゆる実家が太い人なら中年まで 親の 七光りが通用するって事にもなるだろうから、 悪いことばかりではない。) 🌟「人生の後半」が早く始まる人達 注意しないといけない事は、 世の中には数こそ少ないものの、 子供の頃からすでに異様に自立心が旺盛な人も いるという事。 あるいは、自立せざるをえない環境で育ったこと により、心が異常に早熟してしまう人がいる事だ。 そうした人達の場合は、 未成年のうちから自分の判断にしたがって人生を 送っているため、非常に強く内面性が表面化する。 そうすると、彼等のナバムシャ的な意味での後半生も、 成人する頃には既に始まっていると言えよう。 そうした人物をインド占星術で観る場合には、まだ 20歳そこそこであっても、一度ナバムシャを主軸に 分析してみる必要がある。 もしかするとその方が、現状の運勢にしっくりくる かも知れない。

【インド占星術】ケートゥは高揚するのか?

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歩きなら、あれこれ考えていて、 ケートゥ (Ke) と火星は 非常に親和性が高いという事に気が付いた。 ラーフ(Ra)やケートゥ(Ke) は高揚しない というのが、大方の意見だと思うが、 ケートゥは蠍座 (さそりざ) で高揚する説もある。 その蠍座(さそりざ)の主星も、やはり火星だ。 自分の感覚としては、 ケートゥは 火星との親和性が 非常に高い (=相乗効果が大きい)ように思うし、 もっと言えば、そもそも ケートゥそのものにも 火星的な側面が隠れているように思う。 ケートゥと火星は 一見すると真逆の雰囲気をまとっているので、 親和性の高さをすっかり見落としていた。 良く言われているそれぞれの象意は、 下のような感じだと思う。 ■ケートゥ (無欲、空虚、解脱している、消失する) ■火星 (情熱的、行動的、強い信念で物事を獲得する) 自分がケートゥ期に、 しばしば異常に火星っぽい気持ちになり、 火星独特の強い行動力が沸き出て来る事があり なぜだろうと思っていたが、 どの時も、 良く良く考えてみると まずはKeのように何かをスッパリとあきらめる (捨てる、吹っ切る)事で 初めて火星的な積極的な行動へと 移行できていた 事に気付く。 特に、Keと火星の両方がからんでいる時期には、 それまでの悪習慣をガラッと変えようとすると、 いつも驚くほど上手くいっている。 というのは、 それまでの習慣を捨てるのが簡単(Keの作用)、 そこから新たな習慣を構築するのも簡単 (火星で、 気力も体力も沸いてくる)、 ブレることなく一心不乱に突き進めるので 大なり小なり、ちゃんと成果が出る。 この事からも、例えば ■新しい学校へ転入したい時  (今の学校で上手くいってない時) ■転職するか悩んでいる時  (営業成績が低迷している時) ■離婚を迫られている時 など 人生で何かやり直さないといけない、 再スタートを切らなければならないような 課題を抱えている時には、 Ke+火星がからむタイミングに、ぜひ注目したい。 必ずしも 学校や職場を変えなくても、 思い切ってキャラチェンジをすると 期待以上の成果が出やすい。 それまでの自分のキャラを捨てて生まれ変わるのか、 それまでの環境を捨てて生まれ変わるのか、 結局どっちにしろ、根本部分を「捨てる」こと。 ・・・冒頭でケートゥが蠍座で高揚する説を出したが...

【占星術全般】細密エフェメリス アプリ

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どこまで正確かは分かりませんが、 かなり多機能なエフェメリス専門アプリ (西暦1700年から2099年までの、 天体の軌道・位置を確認できる) を見つけたので、リンクしておきます。 トロピカル式、サイデリアル式、 どちらのモードにもできます。 ★ iPhone、iPad用しかありません。  ↓  ↓  ↓  【App Store】 iPhemeris 占星術チャート https://apps.apple.com/jp/app/iphemeris-%E5%8D%A0%E6%98%9F%E8%A1%93%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%88/id296160763?amp%3Bign-mpt=uo%3D4 アプリ概要: 西暦1700年から2099年までのナタールチャート、 トランジットチャート、プログレッション、 リロケーション、ソーラーリターン、シナストリー とエフェメリスを含む完全な占星術ツール。 エフェメリス・タイムとタイムゾーンは カスタマイズ可能。 15秒ごとに更新される天体の リアルタイムチャートが含まれています。

未来の日本は「リーダー不在」か

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インド占星術とはかなり話がずれてしまうが、 少しだけ占星術的な観点をまじえながら、 「リーダー不在の現実」について考えてみる。 あまりにもつまらない話になるので、 そっち方面の興味が薄い方には ここでページを閉じる事をお勧めする。 人が生きてゆく上で起こる様々な“戦い”の中でも、 軍事力とは直接的に関わり合わずに済む、 平和的形態が “経済活動” である。 逆に言い直せば、 “経済活動” とは “戦い” であり、 すなわち “勝ち・負け” が全てだ考えている。 誰かが勝つためには、必ず誰かが負ける。 いかに清廉潔白に見える経済活動にも、 そういう残酷な一面がある。 単純に競争相手との闘いであるだけでなく、 “泣いて馬謖を斬る” という局面もある。 (仲間との葛藤) 常に何らかの形で犠牲が出るという事だ。 成功するという事は、 その裏で誰かが敗北するという事で、 その時の自分は、 他人の屍の上に立っていると思ってもいい。 自分の商売がうまく運んだ時、 他の人を見下すような言動をとるのは、 死人にツバを吐くのに等しく、 恥ずべき行動だと考える。 勝者というのは、他人の屍の上に立っている、 それが偽りのない現実だと理解した上で、 周囲からの怨みも責任も等しく背負う 覚悟を決めた者が、真のリーダーだと言える。 しかし昨今、会社を起こすにあたり、 その境地を目指していこうとする者は少ない。 特に30歳以下の若年の起業家と交流すると 一目瞭然だが、言う事だけは大きく、行動力も あるが、残念なほど下品なケースが多く見られる。 (もちろん全員ではない) それと同時に彼等の多くは、どういう訳か、 いとも簡単に他人の思想から影響を受けて 洗脳されてしまう脆い面も持ちあわせている。 (この事実もまた、彼らの視野の狭さや 想像力の低さを、強烈に裏付けている。) 昔の起業家達がどうだったのかは、 年配の経営者達からうかがい知るしかないが、 少なくとも ここ近年の日本における起業家の質は、 危機的なレベルで低下の一途だと言わざるをえない。 一方、そうした事態に危機感を募らせ、 風潮の改善のために行動を起こす人も尽きない。 (すべて、あくまでも私の主観) そして10年後、20年後には、 彼等の苦労も報われるのではないかと思っている。 というのも、 Z世代の資質も非常に2極化していて、 「いい加減...